生活上たまに断水する時、当たり前に思う水道の有難さを痛感するが、改めて水の大切さを認識すべきだ。

水を大切に使う生活の工夫
水を大切に使う生活の工夫

生活における水道の有難さ

2年前の東日本大震災の時、避難所での様子をテレビなどで見て、改めて普通の生活が如何に有難いことかを感じた人は多かったと思います。
被災者自身はもちろん、救助した人やボランティアの人たちも、多くがそうした報告をしていました。
特に、ペットボトルを供給するシーンは、水がまさに命の元だということを表してます。
ライフラインという言葉も、まず水を思い浮かべるのも当然です。
私が子供の頃、夏休みに単身赴任していた父の元に遊びに行った時、ちょうどその地域が断水となり、給水車が来たのを覚えています。
両親はやかんや、バケツに水をもらっていたのを見ました。
子供心にそうした車を有難いと思ったと同時に、水道から水がでないのは、不便だなあと思いました。

私たち日本人にとって、住む家があり、家には水道があるのは当たり前です。

しかしアフリカなどの貧しい国には、いまだに水道もない地域があるのも事実です。
テレビで見ましたが、そういう地域の人々は、川に水を汲みにゆくこと自体が、生活上の重要な仕事であり、水汲みの往復だけで一日の大部分の時間を費やすのです。
そして彼らのために、日本人のボランティアが川の水を浄化して、水道を付ける仕事をする場面を見ました。
水道から出る水をみて、子供たちがとても嬉しそうにしているのが印象的でした。
こうした素直な喜びの笑顔を、日本ではあまり見かけなくなりました。
例外は、あの東日本大震災の時でしょう。
私たちは、日頃忘れている水道や、その他のインフラなど、生活に欠かせない施設の有難さを、改めて認識すべきではないでしょうか。